時分の花

1987年、渋谷のパルコで上演された「葵上」の貴重な映像の上映会があった。観世栄夫さんと、若かりし野村萬斎さんが2人で演じる、能ジャンクションである。物語は、レーサーの青年(萬斎さん)が事故にあい、死を前にした幻想の世界という設定(と思う)。題目でもある「葵上」とは彼の元・愛人の嫉妬や恨みによって床に臥している女性で、この葵上を中心に、愛人の怨霊(観世さん)とレーサーとの闘いが繰り広げられる。面白いのは、葵上は一度も登場せずに、紅の小袖が舞台の中心に置かれていることによって、その病床の存在が表現されていることだ。見えない人間と、目の前に現れる物の怪の姿。
ところで萬斎さん、当時二十歳そこそこ。途中でバク転とかして、びっくりした。そして上映後、ほんものの萬斎さんが登場。今は知らない人もいないけれど、20年前の萬斎さんには確かに「時分の花」があったと、渡辺守章氏が言った。